掃除の外注をやめました。こういう話でいちばん知りたいのは、たぶんやめた理由のほうではないでしょうか。
よなよなパパです。うちはダスキンに、2週に1回、洗面所・浴室・トイレ・キッチンの掃除を頼んでいた。3年くらい続けて、いまはやめている。
やめた理由が、たぶん想像とは違う。サービスに不満があったからではない。子どもが大きくなって、必要がなくなったからだ。困ったことは、正直とくに無かった。
それともうひとつ先に断っておくと、うちが頼んでいたのは家事代行のうち「掃除」だけで、料理も洗濯も頼んでいない。ここは紛らわしいので、あとでちゃんと書く。
この記事は「どこに頼むといいか」を選ぶ話ではない。うちが何に困っていて、それがどう解決して、どうやって必要じゃなくなったかだけを書いた。
| 頼んだ先 | ダスキン |
| 頼んだサービス | ダスキンの水まわりの定期掃除(頼んだのは掃除だけ/料理・洗濯は頼んでいない) |
| 期間 | 3年くらい(いまはやめている) |
| 頻度 | 2週に1回 |
| 頼んだこと | 洗面所、浴室、トイレ、キッチンなどの掃除 |
| 頼み始めた時期 | 三女が生まれてから |
| 言い出したのは | 妻 |
| 困ったこと | とくに無し |
| やめようと言ったのも | 妻 |
| やめた理由 | 子どもたちが自分たちで出かけるようになったから |
| いま思うこと | やってよかったとは思っている |
先に断っておくと、料金については書いていない。そこは公式で確認してほしい。
なぜ頼んだのか——言い出したのは妻だった
三女が生まれてから、週末の掃除をまとめて代行してもらうようになった。
先に正直に書いておくと、言い出したのは自分ではない。妻が「やりたい」と言って、うちは頼むことになった。
妻の理由はこうだった。午前中に子どもを外に連れていって、疲れた状態で午後に掃除する体力が残っていなかった。しんどかった。
そして、自分もまったく同じことを思っていた。
うちの場合、言い出したのが妻だったというだけで、困っていたことは二人とも同じだった。どちらかが我慢していて、どちらかが押し切った、という話ではない。
大変だったのは「出かけること」ではなく「帰ってきてから」
うちの週末は、だいたい形が決まっていた。午前中に家族で出かけて、午後に帰ってくる。
そして帰ってきてから掃除をするのが、大変だった。
出かけること自体が大変だったわけではない。それはうちの週末そのもので、減らす選択肢は最初から無い。減らせるとしたら、帰ってきたあとのほうしかなかった。
子どもと出かける日の組み立て方についてはパパの休日の過ごし方のほうに書いたけれど、あの記事に書いていないのが帰ってきたあとの家だ。出かける計画は立てるのに、帰ってきてからの計画は誰も立てない。
うちが頼んでいたのは掃除だけで、家事全部ではなかった
ここは自分でも混同していたので、はっきり書いておきたい。
うちが頼んでいたのは、家事代行のうち「掃除」の部分だけだ。料理も洗濯も買い物も頼んでいない。頼んだのは掃除だけ。それも場所が決まっていて、洗面所、浴室、トイレ、キッチン。いわゆる水まわりだ。うちは定期おそうじサービスと呼んでいたけれど、いま公式サイトで見ると「気になる水まわりお掃除サービス」という名前になっている。
「家事を外注した」と言うと、暮らしまるごと誰かに預けたように聞こえてしまうけれど、うちがやったのはそこまでのことではない。週末に水まわりの掃除が残る、という一点だけを外に出した。
困っていたことが「週末に水まわりをまとめてやること」だったので、頼んだのもそこだけになった。困りごとの形がそのまま、頼む中身になっている。
なので、もし同じことを探すなら、「家事代行」でひとくくりに探すのか、「水まわりの掃除」と場所を決めて探すのかで、出てくるものが変わると思う。うちが頼んだのは後者のほうだ。
いちばん助かったのは、帰ってきてから何もしなくていいこと
疲れて帰ってきて、そこから掃除をしなくていい。これがとても助かった。
感覚としては、子どもが寝て、大人が休憩している間に掃除してくれた、という感じだった。
ここは書き方が難しいのだけれど、やることが1つ減る、というより、午後の予定から1つ消える。うちが助かったのは、たぶんそういう形だったと思う。
「あとでやらなきゃいけないことがある」状態のまま休憩するのと、「もう何も残っていない」状態で休憩するのとでは、同じ1時間でも違う。掃除が終わっているという結果より、予定表のほうが軽くなることのほうが効いていた気がする。
そして、言い出した本人である妻も、満足していた。
頼もうと言った人が、頼んでみて満足している。当たり前のようだけれど、うちの場合はここがずれなかったのが大きかったと思う。
困ったことは、正直なかった
3年頼んで、困ったことはとくに無かった。
ただ、ここは強調しすぎないほうがいいと思っている。「誰にとっても問題が起きない」という意味ではなく、うちでは起きなかった、というだけだからだ。
それと、まったく何も無かったわけではないので、そこは書いておく。
唯一あったのは、散らかった家を見せること
散らかっている家を見せるのはなー、というのは少しあった。
ただ、向こうも見慣れているだろうと思ったら、別に気にならなかった。
理由としては拍子抜けするくらい単純だけれど、うちの場合はそれで済んだ。掃除を頼むのに、こちらが先に片付けるのか——という妙な話でもあるので、ここで止まっている人はいるかもしれない。
それ以外は、本当に書けることが無い。体験談として、ここは正直に「無い」と書いておく。
不満が無かったから続いた、というよりは、不満が出るより先に、頼む理由のほうが無くなった——というのが、次の話になる。
やめた理由——サービスではなく、子どものほうが変わった
ここが、この記事でいちばん書きたかったところだ。
やめた理由は、ダスキンの側にはひとつも無い。
子どもたちも自分たちで出かけることが増えて、「どこかに連れて行かなきゃ」という感じが減った。
これが効いた。「どこかに連れて行かなきゃ」が減ると、午前中に出かけて午後に帰ってくる週末そのものが減る。すると、うちがいちばん大変だと思っていた「帰ってきてから掃除する」という順番が、そもそも発生しなくなる。
結果として、頼まなくても大丈夫になった。
そして、やめようと言い出したのも妻だった。自分から「そろそろやめて大丈夫」と言った。
理由は、子どもが自分で外に遊びに行くようになって、毎週末どこかに連れていくリズムが変わったから。
あとから気づいたのだが、うちの掃除の外注は、妻の一言で始まって、妻の一言で終わった。
うちの場合、やめた理由はサービスの側ではなく、こちら側にあった。しかもこちら側の変化は、困りごとを解決したというより、困りごとのほうが勝手に消えたに近い。
振り返ると、必要な時期にだけ頼んで、要らなくなったらやめた、という形になっていた。
だから、やってよかったとは思っている。
勧めるかと聞かれたら、「人による」
正直に言うと、人によると思う。
うちが頼んだ理由ははっきりしていて、子どもと出かけて疲れた午後に、掃除するのが大変だったから。それ以上でもそれ以下でもない。
だからうちの話がそのまま当てはまるのは、同じ形の困りごとを持っている人だと思う。
- 週末に家族で出かける
- 帰ってくるのは午後になる
- 掃除は、そのあとに残っている
逆に、困りごとの形が違うなら、うちの話はあまり参考にならないと思う。平日の夜がきつい人と、週末の午後がきつい人とでは、頼む中身も頻度も変わってくるはずだ。まず自分がどこで詰まっているかを決めてからでないと、頼む中身が決まらない。
家の中でどう分担するかから考えたい人は、夫婦の家事分担のコツのほうが先かもしれない。
それともうひとつ、はっきり書いておきたいことがある。うちが使ったのはダスキンだけだ。他社と比べてどうか、どこが安いか、どこが良いかは書けない。
これは書き手の遠慮ではなくて、うちが探したときは、比べられるほど選択肢がなかった。だから比較した経験そのものが無い。
いま同じように探したら違うかもしれないし、住んでいる場所でも変わると思う。ただ、うちの場合は「どこにするか」を悩む段階が、そもそも無かった。
なのでこの記事は「どこに頼むかを選ぶ話」ではなく、「うちが3年頼んで、やめるまでの話」でしかない。
そのうえで、うちが頼んでいたものだけは書いておく。ダスキンの、水まわりを定期で掃除してもらうサービスだ(いま公式サイトでは「気になる水まわりお掃除サービス」という名前で出ている)。料金と、いまの中身は書いていない。そこは公式で見てほしい。うちが書けるのは、頼んでいた当時のことだけだ。
まとめ:やめたけど、失敗した話ではない
- うちはダスキンに2週に1回・3年くらい掃除を頼んで、いまはやめている
- 頼んだのはダスキンの水まわりの定期掃除。洗面所・浴室・トイレ・キッチンなどの掃除で、頼んだのは掃除だけ。料理や洗濯は頼んでいない
- 言い出したのは妻。理由は「午前中に子どもを外に連れていって、疲れた状態で午後に掃除する体力が残っていなかった」から。自分もまったく同じことを思っていた
- いちばん助かったのは、疲れて帰ってきて、そこから掃除をしなくていいこと。妻も満足していた
- 困ったことは、とくに無かった。唯一あったのは散らかった家を見せることだが、向こうも見慣れているだろうと思ったら、別に気にならなかった
- 他社とは比べていない。うちが探したときは、比べられるほど選択肢がなかった
- やめた理由はサービスではなく、子どもたちが自分たちで出かけるようになったから。困りごとのほうが先に消えた
- やめようと言ったのも妻。「そろそろやめて大丈夫」と自分から言った
やめた、と書くと、失敗した話に見えるかもしれない。うちの場合はそうではなくて、必要な時期が終わった、というだけの話だ。
やってよかったとは思っている。その「よかった」が何だったのかは、いま思うと、掃除が終わっていたことそのものより、午後に休憩していられたことのほうだった気がする。
いま同じところで詰まっているなら、ずっと続ける前提で考えなくていいと思う。うちも3年で終わった。
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よなよなパパでした。

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